第1章:なぜ「ダブル整理」が必要なのか
介護は突然やってくる
「母が倒れたのは、いつもと変わらない水曜日の午後でした」
52歳の田中さん(仮名・千葉県在住)は、その日のことを今でも鮮明に覚えています。認知症の兆候もなく、持病もなかった母親が、自宅で脳梗塞を起こしたのです。
救急車で運ばれ、一命は取り留めたものの、そこから田中さんの「介護生活」が始まりました。しかし、本当に困ったのは病院での付き添いではありませんでした。
「母の保険証がどこにあるのか分からなかったんです。通帳も、印鑑も、かかりつけ医の診察券も。実家中を探し回りましたが、モノが多すぎて見つからない。結局、兄と二人で丸2日かけて家中をひっくり返しました」
介護は、予告なしにやってきます。
脳梗塞、脳出血、心筋梗塞、転倒による骨折、急激な認知症の進行――。親の健康状態は、ある日を境に一変することがあります。厚生労働省の調査によれば、介護が必要になった主な原因の第1位は「認知症」、第2位は「脳血管疾患(脳卒中)」。いずれも、ある日突然発症するケースが少なくありません。
「そのうち片付けよう」
そう思っているうちに、親は80代、あなたは50代になります。そして介護が始まった瞬間、「片付ける余裕」は完全に失われるのです。
病院への付き添い、介護施設の見学、ケアマネージャーとの打ち合わせ、役所での手続き、そして仕事との両立――。介護が始まると、あなたの時間は一気に奪われます。そんな中で、モノであふれた実家を整理する精神的・体力的余裕は、もうどこにもありません。
今、この記事を読んでいるあなたには、まだ時間があります。
親が元気な今だからこそ、一緒に話し合いながら、ゆっくりと整理を進めることができるのです。
実家を片付けないリスク
実家が散らかっている。でも、親は元気だし、まだ大丈夫――。
そう思っていませんか?しかし、整理されていない実家には、想像以上のリスクが潜んでいます。
リスク1:親の転倒事故
高齢者の死亡原因として見過ごせないのが、「不慮の事故」です。その多くが、自宅内での転倒です。
廊下に積まれた段ボール、床に這う電気コード、めくれた絨毯の端、脱ぎっぱなしの衣類――。若い頃なら何でもないこれらのモノが、70代、80代の親にとっては「障害物」になります。
足腰が弱り、視力も低下した親は、ちょっとした段差やモノにつまずき、転倒します。そしてその転倒が、骨折、寝たきり、認知症の進行へとつながっていくのです。
特に危険なのは、「モノが多すぎて動線が確保されていない家」です。玄関から寝室、トイレまでの動線に、モノが置かれていませんか?
リスク2:貴重品・重要書類が見つからない
先ほどの田中さんのように、緊急時に必要な書類が見つからないケースは非常に多く報告されています。
- 保険証、診察券
- 銀行の通帳、印鑑、キャッシュカード
- 年金手帳、年金証書
- 不動産の権利証、登記簿
- 生命保険、損害保険の証書
- 遺言書、エンディングノート
これらがどこにあるか、あなたは把握していますか?親は覚えていますか?
「大事なものだから、ちゃんとしまってある」と親は言います。しかし、「どこに」しまったかを覚えているとは限りません。特に認知症が始まると、「大事なものをしまった場所」から記憶が飛んでいきます。
実家に大量のモノがあると、探すだけで膨大な時間がかかります。タンスの引き出し、押し入れの奥、仏壇の裏、本の間、古い鞄の中――。一つ一つ確認していくうちに、数日、時には数週間が過ぎていきます。
リスク3:遺品整理の精神的・金銭的負担
そして、最も重い負担が、親が亡くなった後の「遺品整理」です。
一般的な遺品整理の費用相場は、以下の通りです。
- 1R・1K:3万〜8万円
- 1DK・2K:5万〜12万円
- 2DK・3K:9万〜25万円
- 3DK・4K:12万〜40万円
- 一軒家:20万〜150万円以上
これは、あくまで「一般的な量」の場合です。モノが大量にある家、ゴミ屋敷化している家では、この倍以上の費用がかかることも珍しくありません。
しかし、金銭的負担よりもつらいのが、精神的負担です。
親を亡くした悲しみの中で、膨大な量のモノと向き合わなければなりません。「これは捨てていいのか」「あれは誰かにあげるべきか」――。一つ一つの判断が、あなたの心を削っていきます。
特に、親が生前に「捨てないでほしい」と言っていたモノ、思い出が詰まったモノを処分する罪悪感は、計り知れません。
親が元気な今だからこそ、一緒に話し合いながら整理できる。これが、最大のメリットなのです。
リスク4:空き家リスク
親が施設に入所したり、亡くなったりした後、実家が「空き家」になるケースが増えています。
空き家には、以下のようなリスクがあります。
- 固定資産税の負担(年間数万〜数十万円)
- 管理費用(草刈り、清掃、修繕など)
- 近隣トラブル(雑草、害虫、悪臭、不法投棄の温床)
- 倒壊リスク(老朽化による危険)
- 特定空き家の指定(固定資産税が最大6倍に)
売却しようにも、家の中がモノであふれていると、内覧もできません。結局、大量の不用品を処分してからでないと、売却も賃貸もできないのです。
そして、そのタイミングでは、あなたは介護疲れのピークにいます。心身ともに疲弊した状態で、実家の片付けという重労働に直面することになるのです。
自宅を整理しないリスク
「実家の片付けが大事なのは分かった。でも、自分の家は大丈夫」
本当にそうでしょうか?
40代のあなたの家は、今、どんな状態ですか?
子どもの学用品、塾のプリント、おもちゃ、衣類。夫の趣味の道具、ゴルフバッグ、釣り道具。あなた自身の仕事の資料、洋服、化粧品――。
仕事と子育てに追われる40代は、「家を整理する時間」が最も取れない世代でもあります。そして、その「散らかった自宅」が、介護が始まった時に、あなたを苦しめるのです。
リスク1:親の介護用品・書類を置く場所がない
親の介護が始まると、あなたの家には様々なモノが増えます。
- 親の着替え、タオル、日用品(一時的に預かる場合)
- 介護保険の書類、医療費の領収書
- 薬、お薬手帳、診察券
- 介護施設のパンフレット、契約書
- ケアマネージャーとのやり取り資料
これらを「ちゃんと管理する場所」が、あなたの家にありますか?
リビングのテーブルに書類が山積み、寝室のクローゼットに親の衣類が押し込まれ、玄関に段ボールが積まれる――。そんな状態では、精神的な余裕も失われていきます。
リスク2:自分が倒れた時、家族に負担をかける
介護は、介護する側の健康も蝕みます。
厚生労働省の調査では、介護者の約7割が「心身の負担を感じている」と回答しています。そして、介護疲れによる共倒れ、介護うつ、最悪の場合は介護殺人や無理心中――。悲劇的なニュースが、毎年のように報道されています。
もし、あなたが倒れたら?もし、あなたが入院したら?
散らかった家で、夫や子どもは生活できるでしょうか。重要書類はどこにあるか、保険証はどこにあるか、銀行口座のパスワードは――。家族は、あなたなしで対処できますか?
親の介護の準備は、同時に「自分の万が一」への備えでもあるのです。
リスク3:在宅介護になった場合のスペース不足
もし、親を自宅で介護することになったら――。
介護ベッド、車椅子、ポータブルトイレ、手すり。在宅介護には、相応のスペースが必要です。そして、玄関から居室まで、車椅子が通れる動線も必要です。
モノであふれた家では、在宅介護は不可能です。結果的に、施設入所しか選択肢がなくなり、経済的負担も増大します。
リスク4:精神的余裕の喪失
そして、最も深刻なのが、「心の余裕」の喪失です。
散らかった家は、住む人の心も散らかします。
探し物に時間を取られ、掃除もままならず、モノにつまずき、イライラが募る――。そんな状態で、親の介護、仕事、家事、子育てを両立できるでしょうか。
整理された家は、整理された心を生みます。
介護という長期戦を乗り切るためには、「自分の基地」を整えておくことが不可欠なのです。
「親の介護」は、あなた一人の問題ではありません。あなたの家族全員に影響を及ぼします。
だからこそ、今、動き始めましょう。
実家と自宅、両方を整えること。それが、未来のあなたと家族を守る、最大の備えなのです。