第2章:【実家編】親を傷つけない整理の進め方
親との対話術
実家の片付けで最も難しいのが、「親を説得すること」です。
「こんなに溜め込んで!」「もう使わないでしょ、捨てなさいよ」
そんな言葉を投げかけた瞬間、親は心を閉ざします。そして、「あんたに何が分かるの」「まだ使えるのに」と、頑なに拒否するのです。
なぜ、親は捨てられないのか?
それは、モノへの執着ではなく、「自分の人生を否定されたくない」という思いがあるからです。一つ一つのモノには、親の人生の記憶が刻まれています。それを「ゴミ」扱いされることは、自分の人生を「無駄だった」と言われるのと同じなのです。
NGワード集
まず、絶対に言ってはいけない言葉を確認しましょう。
- 「こんなに溜め込んで!」→ 親を責める言葉
- 「全部捨てよう」→ 親の人生を否定する言葉
- 「もう使わないでしょ」→ 親の判断を否定する言葉
- 「私が困るから」→ 自分の都合を押し付ける言葉
- 「ゴミばっかり」→ 親の大切なものを貶める言葉
これらの言葉は、親との信頼関係を一瞬で壊します。
OKフレーズ集
では、どう伝えればいいのか?親が心を開くフレーズを紹介します。
1. 「もしもの時に困らないように、一緒に整理しようよ」
親を責めるのではなく、「一緒に」というスタンスが重要です。「あなたのためではなく、私たち家族のため」という伝え方が、親の心を動かします。
2. 「大切なものを、大切に残したいから」
「捨てる」という言葉は使わず、「大切なものを選ぶ」という前向きな表現にします。親は、自分の大切なものが守られると感じると、安心して協力してくれます。
3. 「お母さんが転んだら心配だから、廊下だけでも片付けたい」
「安全のため」という理由は、親も納得しやすいポイントです。「あなたの健康が心配」という愛情を伝えることで、親も心を開きます。
4. 「通帳とか保険証とか、どこにあるか教えてくれる?何かあった時、探せなくて困るから」
これは非常に効果的なアプローチです。親自身も、「確かに、子どもが困るかも」と気づくきっかけになります。
5. 「このアルバム、すごく懐かしい。この時のこと、教えて」
思い出話を聞きながら整理を進めると、親も楽しい気持ちで参加できます。そして、「この写真は残そう」「これは焼き増ししてあげようか」と、自然に選別が進みます。
切り口を変える:3つの説得パターン
親のタイプによって、響く言葉は変わります。以下の3つのパターンから、あなたの親に合う切り口を選びましょう。
パターン1:【防災】を理由にする
「地震や台風の時、この荷物が倒れてきたら危ないよ」 「避難する時、この廊下じゃ逃げられないよ」
近年の自然災害の増加を背景に、「防災」は親世代にも響く理由です。特に、東日本大震災や豪雨災害を経験した親世代は、防災意識が高まっています。
パターン2:【相続】を理由にする
「遺品整理って、すごくお金がかかるんだって」 「兄弟で揉めないように、今のうちに大事なものを教えてほしい」
相続トラブルを避けたい、子どもに迷惑をかけたくない――。その思いは、多くの親が持っています。特に、兄弟姉妹が複数いる場合、「平等に」「円満に」という親の願いを活用しましょう。
パターン3:【私たちのため】を理由にする
「お母さんの大切なもの、私が引き継ぎたいから教えて」 「孫に見せたいから、昔の写真を整理したい」
親は、自分のものが次の世代に受け継がれることを喜びます。「捨てる」のではなく、「引き継ぐ」という視点で話すと、親も前向きになります。
ベストタイミング:いつ話すか
整理の話を切り出すタイミングも重要です。
おすすめのタイミング
- 年末年始・お盆の帰省時:家族が集まり、ゆっくり話せる
- 親の誕生日や敬老の日:「長生きしてほしいから」という愛情を伝えやすい
- 大掃除の時期:「ついでに」という自然な流れで
- 近所や知人の介護・相続トラブルの話を聞いた時:「他人事じゃない」と実感しやすい
- 親が「最近、物忘れが増えた」と自覚し始めた時:親自身も不安を感じているタイミング
避けるべきタイミング
- 親が疲れている時、体調が悪い時
- 家族が喧嘩した直後
- 親の大切なものを勝手に捨てた直後(信頼関係が崩れている)
- 冠婚葬祭の直後(感情的になりやすい)
一度に全部やろうとしない
そして、最も重要なのが、**「一度に全部片付けようとしないこと」**です。
親にとって、長年住んだ家を大きく変えることは、大きなストレスです。一度に大量のものを処分しようとすると、親はパニックになり、拒絶反応を示します。
「今日は玄関だけ」「今回は廊下だけ」
少しずつ、親のペースに合わせて進めることが、結果的に最も早く、スムーズに整理が進む方法なのです。
優先順位別・実家整理リスト
実家の片付けは、「どこから手をつけるか」が重要です。
一度に全部やろうとすると、途中で挫折します。そこで、優先順位をつけて、段階的に進めましょう。
以下、3つの優先度に分けて、具体的な整理リストを示します。
【最優先】命と財産を守るもの(今すぐ着手)
まず最初に取り組むべきは、**「緊急時に必要なもの」**の確認です。
親が倒れた時、認知症が進んだ時、亡くなった時――。これらのタイミングで「どこにあるか分からない」と、家族全員が困ります。
チェックリスト
□ 健康保険証・介護保険証
- 場所:
- 備考:通院時の持ち出し場所も確認
□ 診察券・お薬手帳
- かかりつけ医:
- かかりつけ薬局:
- 服薬中の薬のリスト作成
□ 銀行通帳・キャッシュカード・印鑑
- 銀行名: 支店名:
- 銀行名: 支店名:
- 銀行名: 支店名:
- ※複数ある場合は全てリスト化
□ 年金手帳・年金証書
- 基礎年金番号:
- 受給開始年月:
□ 生命保険・医療保険の証書
- 保険会社名:
- 保険種類:
- 担当者連絡先:
□ 不動産の権利証・登記簿
- 所在地:
- 名義人:
- 住宅ローンの有無:
□ 遺言書・エンディングノート
- 有無:
- 保管場所:
- 作成年月日:
□ 緊急連絡先リストの作成
- かかりつけ医:
- ケアマネージャー(いれば):
- 親戚(兄弟姉妹):
- 近所の人(鍵を預けている等):
実践のポイント
これらの情報は、「親と一緒に」確認しながらリスト化しましょう。
「お母さん、もしもの時に困らないように、大事なものの場所を教えてくれる?」
そう聞けば、多くの親は協力してくれます。そして、確認した情報は、専用のファイルやノートにまとめ、家族で共有しましょう。
おすすめは、「緊急時ファイル」を1冊作ることです。クリアファイルやバインダーに、以下をまとめます。
- 保険証・診察券のコピー
- 通帳の表紙のコピー(口座番号が分かるもの)
- 不動産関係書類のコピー
- 緊急連絡先リスト
- 服薬リスト
このファイルを、実家と自宅の両方に置いておくと、いざという時に慌てずに済みます。
【次優先】安全な生活空間(3ヶ月以内)
重要書類の確認が終わったら、次は**「親の生活空間を安全にする」**作業に移ります。
高齢者の事故の8割は、自宅内で起きています。つまずき、転倒、転落――。これらを防ぐための整理が、次の優先課題です。
動線の確保
□ 玄関
- 靴が散乱していないか
- 段差に手すりがあるか
- 新聞や郵便物が溜まっていないか
- 傘立てが倒れやすくないか
□ 廊下
- モノが置かれていないか
- 電気コードが床を這っていないか
- 夜間の足元灯はあるか
- 幅60cm以上の通路が確保されているか(車椅子対応)
□ 階段
- 手すりはあるか(両側にあるのが理想)
- 照明は十分か
- 滑り止めはついているか
- モノが置かれていないか
□ トイレ・浴室への動線
- 夜中にトイレに行く経路は安全か
- 脱衣所に余計なモノがないか
- 浴室マットは滑らないか
転倒リスクのあるモノの撤去
□ 床に置かれた電気コード類 → コードカバーで固定、または配線の見直し
□ めくれた絨毯・カーペット → 滑り止めテープで固定、または撤去
□ 脱ぎっぱなしの衣類・スリッパ → 定位置を決める、脱ぎっぱなし習慣の改善
□ 低い位置の家具(座卓、座椅子) → 立ち上がりやすい椅子・テーブルに変更
□ キャスター付きの家具 → 固定するか、キャスターを外す
期限切れ品の処分
□ 食品
- 冷蔵庫の中身(賞味期限切れ)
- 戸棚の乾物・調味料(数年前のもの)
- 防災用の保存食(期限切れ)
□ 医薬品
- 使用期限切れの薬
- 飲まなくなった処方薬
- 昔の湿布・目薬・塗り薬
□ 化粧品・日用品
- 開封後3年以上経った化粧品
- 固まった洗剤
- 使わない洗剤・シャンプーのストック
使っていない部屋・スペースのモノ
□ 客用布団・来客用食器 → 実際に年1回以上使っているか確認。使っていなければ処分か寄付
□ 古い家電 → 壊れたまま放置されているものは処分
□ 物置・納戸 → 中身を全て出して、1年使っていないものは処分対象
□ ベランダ・庭 → 使わない植木鉢、壊れた物干し竿、古い自転車
実践のポイント
この段階では、「親の安全」を最優先に進めます。
「これ、つまずいて危ないから、ちょっと移動させていい?」 「この電気コード、引っかかりそうだから、固定しようよ」
安全を理由にすれば、親も納得しやすくなります。
また、この段階で処分するモノは、**明らかに不要なもの(期限切れ、壊れているもの)**に限定します。親が迷うものは、無理に捨てさせません。
【計画的に】思い出品・大型家具(6ヶ月〜1年)
最も時間がかかり、精神的にも負担が大きいのが、この段階です。
しかし、焦る必要はありません。親と一緒に、ゆっくりと進めましょう。
写真・手紙のデジタル化
□ 写真アルバム
- まずは親と一緒に見ながら、思い出話を聞く
- 「代表的な写真」を選ぶ(全部は残さない)
- スキャンしてデジタル化(スマホアプリでも可能)
- データは複数バックアップ(クラウド、USBメモリ等)
- 元の写真は、厳選したもの以外は処分
□ 手紙・年賀状
- 故人からの手紙は数枚だけ残す
- 年賀状は直近3年分のみ
- 子どもからの手紙・絵は写真に撮って保存
□ ビデオテープ・カセットテープ → ダビング業者に依頼してデジタル化
家具の配置見直し
□ 介護ベッド設置を想定した配置
- 寝室に介護ベッドが置けるスペースがあるか
- ベッド周りに介護者が立てるスペース(最低60cm)があるか
- 寝室から玄関まで車椅子で移動できるか
□ 大型家具の処分
- 使っていない婚礼タンス、食器棚
- 壊れたソファ、古いベッド
- 大型のテレビ台、本棚
→ 粗大ゴミ回収、リサイクル業者、買取業者を活用
供養が必要なもの
□ 仏壇・神棚
- 今後も供養を続けるか、家族で話し合う
- 処分する場合は、菩提寺や神社に相談
- 小型の仏壇に買い替える選択肢も
□ 人形(雛人形、五月人形、日本人形) → 人形供養を行っている寺社に依頼
□ お守り、お札、数珠 → 神社やお寺に返納
親が納得する「残す基準」
ここで重要なのが、「どれを残すか」の基準を親と一緒に決めることです。
以下のような基準を提案してみましょう。
基準1:1年以内に使ったか 「この1年で一度でも使った?」という質問をベースに判断します。
基準2:思い出の「代表選手」だけ残す
- 写真は100枚まで
- 手紙は10通まで
- 人形は1体だけ
全部を残すのではなく、「一番大切なもの」だけを選ぶことで、親も納得しやすくなります。
基準3:子世代が本当に欲しいものをリスト化
「これ、私がもらってもいい?」 「これは兄が欲しがってたよ」
子世代が欲しいものは、親も喜んで譲ってくれます。逆に、誰も欲しがらないものは、処分しやすくなります。
事前に兄弟姉妹で「欲しいものリスト」を作り、親に伝えましょう。
実践のポイント
この段階は、親の感情に最も配慮が必要です。
一つ一つのモノに、親の人生の記憶が詰まっています。「これは結婚した時に買ったもの」「これはあなたが生まれた時のもの」――。そんな思い出話を聞きながら、ゆっくりと進めましょう。
そして、「捨てる」ではなく「次に引き継ぐ」という視点を持ちます。
「この着物、私が着てもいい?」 「この食器、孫に見せたいから写真に撮っておこう」
そんな言葉が、親の心を軽くします。
プロに任せるべき判断ライン
ここまで、自分たちでできる整理の方法をお伝えしてきました。
しかし、全てを自分たちで行うのは、現実的ではないケースもあります。以下のような場合は、プロの力を借りることを検討しましょう。
判断ライン1:一軒家丸ごとの場合
一軒家の片付けは、想像以上に大変です。
押し入れ、納戸、倉庫、屋根裏、庭――。全ての場所を整理し、不用品を処分するには、膨大な時間と労力がかかります。
自分たちでやる場合の目安時間
- 1DK・1K:2〜3日
- 2DK・2LDK:4〜7日
- 3DK・3LDK:1〜2週間
- 一軒家:2〜4週間
これは、毎日作業できる場合の時間です。仕事をしながら、週末だけ作業する場合は、この数倍の期間がかかります。
また、大型家具や家電の運び出しは、素人には危険です。階段からタンスを降ろす、冷蔵庫を運ぶ――。腰を痛めたり、怪我をするリスクがあります。
判断ライン2:ゴミ屋敷・汚部屋化している場合
残念ながら、実家がゴミ屋敷化、汚部屋化しているケースも少なくありません。
認知症の進行、うつ病、セルフネグレクト――。様々な理由で、親が片付けられなくなることがあります。
この場合、以下のような問題があります。
- 悪臭、害虫、カビの発生
- 衛生面のリスク(食中毒、感染症)
- 近隣トラブル
- 精神的ショックで家族が作業できない
特に、衛生面のリスクがある場合は、プロに任せるべきです。専門業者は、適切な防護具を着用し、消毒・除菌も行います。
判断ライン3:親が物を捨てられない性格
「もったいない」「いつか使う」「捨てるのはかわいそう」
親がこのタイプの場合、家族がどんなに説得しても、片付けは進みません。そして、強引に捨てると、親子関係が悪化します。
このような場合、第三者であるプロが入ることで、スムーズに進むことがあります。
「業者の人が、『これは処分した方がいい』って言ってるよ」
家族の言葉よりも、専門家の言葉の方が、親は納得しやすいのです。
判断ライン4:遠方で自分では対応できない
親の実家が遠方にある場合、頻繁に通うことは困難です。
交通費、宿泊費、時間――。全てを考えると、「自分でやる」方が、かえって高くつくこともあります。
特に、以下のような場合は、プロに任せた方が効率的です。
- 実家まで片道3時間以上かかる
- 仕事が忙しく、休みが取れない
- 小さな子どもがいて、長期間家を空けられない
判断ライン5:故人の遺品整理
親が亡くなった後の遺品整理は、精神的に最も辛い作業です。
悲しみの中で、大量のモノと向き合い、一つ一つ判断する――。心身ともに疲弊します。
また、四十九日までに実家を片付けなければならない、相続の手続きを進めなければならない、など時間的制約もあります。
この場合、無理をせず、プロに任せることも選択肢です。
遺品整理のプロは、遺品の扱いに慣れており、供養が必要なものの処分方法も熟知しています。貴重品や重要書類の捜索も、丁寧に行ってくれます。
判断ライン6:大型家具・家電の処分
タンス、ベッド、冷蔵庫、洗濯機、エアコン――。
これらの大型家具・家電の処分は、自治体の粗大ゴミ回収では対応できないことも多く、自分で運び出すのは危険です。
また、家電リサイクル法の対象品目(テレビ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン)は、リサイクル料金を支払い、指定の場所に運ぶ必要があります。
時間と労力を考えると、プロに任せた方が圧倒的に楽です。
「プロに頼むのは、もったいない」
そう思うかもしれません。しかし、自分たちでやろうとして、途中で挫折し、結局プロに頼む――。そのケースが非常に多いのです。
それならば、最初から適切にプロの力を借りることで、時間も労力も、そして精神的な負担も軽減できます。
次の章では、実際にプロに依頼する際のポイントを詳しく解説しますが、まずは「自分たちでできること」と「プロに任せるべきこと」を、冷静に見極めましょう。